【恐怖の熟年離婚16-1】平凡な夫婦がなぜ離婚することになったのか。真実は二人の相性にあった。

古い記憶を整理した一冊の日記 31頁




冤罪離婚編


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離婚が成立してからおよそ3年が過ぎました。

今回のその経緯をブログに書き起こしてみて、自分なりに様々な気づきがありました。

離婚調停を申し立てられた時は、想定外の出来事だと思いました。

しかし、よくよく考えてみると25年間の結婚生活の中に様々な予兆はありました。

振り返ってみます。

 

離婚の向かわなければならなかったのはなぜだったのか?

ピンポイントで考えれば、元妻の妄想による数々の行動を制御できなくなったということであるのは間違いありません。

しかし、25年間の夫婦関係を解消する前に、もう少しできることはなかったのか。

このことを考えてみました。

 

事の発端から私は、

自分自身ができることは何かないのか?
元妻の妄想、暴走を解決できる相談機関はないか?

あらゆる方法で対処してきましたが無理でした。

 

離婚調停を申し立てられた時も、調停を利用して問題解決(円満調停)ができるのではないかと考えていました。

 

しかし、思いとは逆に夫婦関係は離婚へと加速していきました。

離婚調停の途中からそうしたのは、他ならぬボクです。

ある時点から、このままでは家族全員が共倒れになってしまうと感じました。

ボクには、もう残された家族(子供2人)を守るだけで精一杯でした。

言い換えれば、家族を守るために妻を見捨てたようなものです。

 

あの時、どういう思考の流れだったのか?

自分の中での整理としては、

もう十分手を尽くしたのだから、子どもや私がこれ以上騒動に巻き込まれることはない。

秩序を取り戻すべきだという考えでした。

 

ある意味、これは25年間一緒に暮らした家族(元妻)に対しては冷酷な対応です。

しかし、自分が社会的身分を失う、失職する、心身を壊す、経済的に破綻するなどの状況になることは避けたかった。

子供を自立させるまでは、私が「社会的な死」「生物学的な死」を迎えるわけにはいかなかったのです。

 

本当に夫婦としての絆があったのか?

絆という視点で離婚の原因を、もっと深く自問してみたいと思います。

夫婦の絆が深ければ、どんな困難に向き合っても一緒に乗り越えていこうとするはずです。

一緒に苦労していく、その結果一緒に朽ち果てることになってもよいくらいの気持ちになるはずです。

 

弁護士さんに相談した当初は、離婚回避で話を進めさせていただいていました。

ところが、なかなか解決が難しいとなるとあっさり方針を変えました。

 

このときは、気づきませんでしたが、ボクの元妻に対する気持ちはすでに冷めていたような気がします。

これは、ここ数年の話ではありません。

 

これまで、子育てや家族としての在り方、考え方、あらゆる面で元妻とは考えが異なりました。

主張がぶつかり合ったとき、元妻は引くことはありません。

自然とボクが引くような関係ができあがっていました。

そのうち、できるだけ主張がぶつかり合わないようにする。

いつの頃からか、元妻とはそんな冷めた関係になっていたようです。

ですから、単身赴任で遠くに転勤になったときは、少しホッとした気持ちになりました。

元妻は夫に対し、女性としての愛情を求めていたかもしれません。

ボクは、反発する元妻に対し、女性としての愛情はいつの頃かなくなりました。

 

だからといって、夫婦関係を解消するなど考えたことはありません。

女性としての愛情というより、いつの間にか家族としての愛情で接していたような気がします。

 

夫婦は、子どもと違って、血のつながらない家族です。

希薄な関係だったのかも知れません。

 

二人の相性はどうだったか

人生をともに歩んでいくわけですので、夫婦の相性は大切です。

元妻は、離婚調停の申し立て理由に、「性格の不一致」をあげていました。

ボクは、そんなことはないと反論するとともに、そのことを申し立てた資料を裁判所に提出しました。

しかし、今考えると本当にそうだったのか、疑問が残ります。

従うべきは、規則か慣例か。
心のゆとりは、運動か芸術か。
行動するなら、保守か革新か。
本音を語るなら、真実か見栄か。

何もかもが真逆ではなかったか。

 

家族としての方向性を話し合うとき、ぶつかり合っていたのは相性が悪かったのかもしれません。

若い頃は、自分にないものに憧れたり、惹かれたりする面があったのかもしれません。

異なるものも、つきあっていく上ではよい刺激になることもあります。

 

しかし、あまりにも違いすぎると近しい家族では苦痛になります。

すでに出会った頃に離婚の原因となるものを抱えていたのかも知れません。

 

ある意味、離婚調停の申立理由に性格の不一致を挙げた元妻の方が、本質的な違いに先に気づいていたのかもしれません。

 

まとめ

仏教には、出会った者は必ず分かれるという「会者定離」の考え方があります。

最終的には、死が二人を分かちますので。

 

ボクの場合は、出会ったときにすでに離婚につながるような要因を抱えていたにも関わらず、それを修正することができなかったのです。

 

表だっては、元妻の妄想と問題行動を制御できなかった。

しかし、その本質はすでに早い段階で夫婦関係は破綻していた。

 

これが真実なのかもしれません。

 


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古い記憶を整理した一冊の日記。

甘い記憶なのか、苦い記憶なのか。

どちらにしても、過ぎたことなのである。

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