【恐怖の熟年離婚14-1】長期化した離婚調停が解決金450万円で決着。金額が決まってしまえば後はあっさりしたもの。

古い記憶を整理した一冊の日記 29頁




冤罪離婚編


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停滞していた離婚調停も第7回、双方の弁護士さんのフェインプレーで一気に加速しました。

【恐怖の熟年離婚13-1】離婚への手続き。解決金への方向性を示しながら停滞した話し合いを一気に加速させる。

いったん財産分与をどうするかという話になると、双方の主張をもとにいろんなことが決まっていきます。

第7回の離婚調停で財産分与に関する次のことが合意できました。

 

  • 自宅の資産価値は、公的な評価額で試算する。売却はしない
  • 生命保険はお互い解約しない(財産分与の対象にしない)
  • 自宅の妻の私物は、引き取らず夫が処分する。
  • 退職金を財産分与の対象とせず、解決金で解決する。

 

もともと、ボクの資産は自宅のローン残金があるので、ほぼ0です。

そこで、解決金を支払うことで、離婚後しばらくの妻の生活を支えることになります。

さて、解決金をいくらにするのか。

ここが、第8回離婚調停で話し合う内容になります。

 

解決金をいくらに設定するか

妻側の要求は700万円

妻は専業主婦でしたので、ほぼ収入がありません。

この離婚調停中は、別居中でボクが支払う月14万円の婚姻費で生活しています。

離婚が成立すれば、私には婚姻費を支払う義務はなくなります。

 

しかし、妻は収入が無くなりますので、仕事に就き、生活が安定するまでのお金が必要です。

ボクの資産状況と様々な取り決めで、財産分与として支払えるお金はほとんどありません。

そこで、ボクが解決金を支払うことで、妻の生活を安定させます。

 

問題は解決金をいくらに設定するか。

 

ここが問題です。

財産分与の話し合いの流れからいけば、35万円~900万円の間になります。

 

あまりにも少なく設定すれば、妻の生活が成り立ちません。

かといって、あまりにも多く設定すれば、ボクが大きな負債を抱えることになり生活が破綻します。

 

このような状況の中、妻側は700万円を請求してきました。

 

こちら側の提案は400万円

現在、ボクは月14万円の婚姻費を支払っています。

これが、離婚成立によって支払わなくて済むと思えば、700万円を一気に支払っても良い気がします。

700÷14=50

婚姻費を50ヶ月(4年2ヶ月)支払えば良いという考えです。

 

離婚裁判になれば、離婚成立までまた時間がかかりますし、妻に支払う金額が700万円を下回る保証もありません。

 

このことを弁護士さんと相談しました。

 

「では、700万円を上限として交渉してみましょう。」

ということで、こちら側の提案金額を設定しました。

 

提案金額400万円

 

この金額の根拠としては次の通り。

  • 現金化して支払える上限の金額が400万円(生命保険解約、生活資金貸し付け)
  • 700万円支払えば、子どもの学費が支払えなくなる。

 

最終的な決着は当初の提案に+50万円

700万円と400万円。

その差は、300万円あります。

 

しかし、弁護士さんを介しての交渉の中で、最終的には

450万円

で落ち着きました。

これは、両弁護士さんがうまく調整してくれたと思います。

※相手側弁護士さんもいったんは辞任を覚悟するほど、この問題に関しては手を焼いていました。

【恐怖の熟年離婚12-2】長期化する離婚調停。妻の迷走で相手側弁護士が辞任するかもしれない。

 

これまで、1つのことにこだわりなかなか納得しなかった妻ですが、今回はスムーズに話し合いに応じたようです。

理由としては、

  • 離婚後すぐに現金が必要であったこと(もともと現金への執着が強い)
  • 親として子どもの学費は無視できない

 

といったものがあったようです。

ボクとしても、450万円であれば、200万円ほどの負債を抱えることになりますが、月14万円の婚姻費を支払う思いをすれば、返済にさほど困る金額ではありません。

離婚から約3年。

現在では、離婚にかかる負債はすでに支払い終わっています。

 

最後の手続きでは調停員さんに感謝する

これで全ての協議が終了しました。

調停調書が作成され、裁判官立ち会いの下、調書の確認がなされました。

この時をもって、離婚が成立したことになります。

(離婚届については申立をした妻側が後日提出します。)

 

あれだけ、荒れに荒れ、混迷を極めた1年間、8回に及ぶ離婚調停も最後はあっさりしたものです。

長きにわたり、粘り強く調整してくださった2人の調停員さんに丁重にお礼を申し上げました。

 

調停員さんからは、「よかったですね。これまで大変でしたが、これからは穏やかにお過ごしください。」と労いの言葉もいただきました。

 

まとめ

これで離婚調停は終了です。

 

この離婚調停中、妻とは一度も顔を合わせることはありませんでした。

半狂乱で出て行ったあの日から、約2年間。

すでに記憶の中で妻の顔を思い浮かべてみても、明確なイメージがありません。

 

結婚をし、子育てをし、50歳をすぎて離婚をすることになるとは、離婚調停が始まるまで思いもしませんでした。

誰でもそうだと思いますが、家族が家族で無くなる日がやってくるとは想像もつきません。

死でさえも家族という関係を分かつことはできないのですから。

 

今回は、事の発端から読んでいただければ分かると思いますが、夫としては苦渋の選択でした。

【恐怖の熟年離婚1-1】やってもいない浮気を妻に疑われる。これが夫婦関係の終わりの始まり。

しかし、夫婦はお互い離婚して新しい道を歩むことになりました。

後戻りはできませんので、ボクも新たな道を探していくしかありません。

 

今回の騒動について、

どれだけの方が、閲覧したのかわかりませんが、もしも似たようなケースがありましたら、参考にしていただければと思います。

 

次回は、離婚調停後の後日譚を紹介していきます。

【恐怖の熟年離婚15-1】専業主婦との離婚はやっかいでダメージが大きい。~1年にわたる離婚調停を終えて~

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古い記憶を整理した一冊の日記。

甘い記憶なのか、苦い記憶なのか。

どちらにしても、過ぎたことなのである。

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